耳のないパンを焼く41の方法。

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子ども発行「お手伝い券」の行方。

 親が子どもからもらう「お手伝い券」。わたしも昔もらった。その「お手伝い券」の使用率はどのくらいでしょうか。

 若い女の子がいたので話しました。お姉さん「作ったけど母に使われた記憶がほとんどないですねぇ」わたし「子どもにもらったけど使った記憶もほとんどないですねぇ」……。しかし「お手伝い券行方不明事件」の原因、いくつか思い当たる節がある。

 第一に親側の事情。「もらったことが嬉しく、もったいなくて使えない」。そしてそのまま「忘れる」。昭和のへそくりよろしく、どこかにしまい込んだまま、お手伝い券の存在を忘れてしまう。

 なにかの拍子に発見したとしても、即座に使えるわけじゃない。第二、子ども側の事情。子どもは気まぐれかつ身勝手な生き物で、頼みごとをすると大体「ヤダ」と返ってくる。「お手伝い券」を見せても、答えは変わらない。あるいは「お箸を並べて」と言うと「そういう地味なのヤダ」とかのたまう。

 お手伝いの主導権は完全に子どもの手の中に。

 

 そもそも子どもなのでたいした家事能力はない。お手伝い券を5枚突きつけて「玄関掃除、トイレ掃除、風呂掃除、ごみ捨て、洗濯物畳み」を一度に命じたら?間違いなく子どもはパニックで泣くだろう。わたしも泣く。

 

 子どもは時に不要な忖度する。うちの息子はキッチンで多忙を極めるクソ忙しいわたしに「何か手伝う?」と聞いてくれる。殺気立ってるから気を遣うんでしょうね。残念ながらそういう時の切羽詰まったわたしが、家事レベル3くらいの子どもへ、正確かつ緻密かつ簡潔な指示を出せるわけがない。わたし「お箸並べて」息子「そういう地味なのヤダ」。

 

 家事ができる子どもに育てるのがよいように言われるが、実はそうではないと思うんだ。子どもを理想のオトコに仕立ててはいけない。オトナになってから勝手に困ればいい。自発的にやらないと身につかないし親のありがたみも分からない。嫁と揉めないと嫁のありがたみも分からんだろう。身の回りのことができるように育てるから、自分で考えて行動できる人間になるわけじゃない。ある程度世間にもまれて困ってこそ、自分で考えて行動できるようになるのだと、今のわたしは思う。

 だってさ、考えて。料理はオトナになってから習えるけど、掛け算とか常用漢字とかは基本的に今しか習えないんだよ?だから勉強して?

 

 母親が子どもにもらったお手伝い券を捨てる可能性は低い。どこかに持っているはずである。どこにしまったか忘れているだけだ。お母さんのことは、そっとしておいてあげて。

 

子ども「なにか手伝う?」

母親「まず自分のことを自分でやってください」

残念、母のがまだ強い。