トイ・ストーリー4を観ました。ヒマだったんで。
初代トイ・ストーリーが公開されたのは1995年。絶賛小娘(推定17歳)だったわたしにもフルCG、大人でも退屈しないだろうストーリーのアニメーション映画は大変衝撃的でした。もちろん続編も観ました。しかしおもちゃの質感などリアリティが増した感心はあったもののCGアニメとしては初代ほどのインパクトはなく、話の内容は紋切り型の正義と悪という感じでよい印象は受けませんでした。トイ・ストーリー3もDVDで観たけどやっぱり「おもちゃは子どもとナカーマ」的信念に素直に共感できなかったというかもう30超えてたんでそういうの飽きてたんです。もういいや、ウッディたちは引き継がれながら子どもに愛されてください。そうしてわたしのこころはトイ・ストーリーから離れていったわけです。話の骨子は変わらない。向上した技術を見るだけ。そんな感じ。
なので今回トイ・ストーリー4が公開されても興味はわかず、観る気もなかったのです。しかし夏休みも終わりが近づき、ヒマを持て余しがちな息子とふたり家で額をつき合わせているのもアレなんでほかの子も誘って観に行くことにしました。
面白かった。
登場する多彩なキャラクターは先日観た「ペット2」もよかったのですが、長い歴史を持つせいもあってか「トイ・ストーリー」のほうが話が深い(深い話が作れる)気がします。なにより正悪白黒つけがちなアメリカアニメ(偏見?)なのにずっとグレーゾーンが続くのがよかった。その灰色具合こそ面白いと感じた理由だと思います。フォーキーはゴミでもおもちゃでもあり、幸せの象徴だった持ち主をなくしたボーが活躍し、ウッディは自らボイスボックスを差し出し不完全な人形となり。「子どもとナカーマ」「おもちゃ同士ナカーマ」から飛び出した多様化した現代にふさわしいストーリーなんじゃないでしょうか。ピクサーさんの理念や内情や黒ねずみさんたちとの関係は知らん。
「今までの『トイ・ストーリー』の世界観をぶち壊す最低な続編」と否定的な意見もあるようですが、個人的には物語と一緒に観る方もおとなにならなきゃいけないと思います。前作までの「おもちゃは子どもと共にあるべき」「子どもは純粋無垢な気持ちでおもちゃを愛すべき」というイメージを引きずるのは「男は外で稼ぐべき」「育児は女がやるべき」みたく古い固定観念を持ち続けるのと変わらないんじゃないかな。繰り返すけど個々の在り方や生き方は多様化しているわけだから、創作物も時代に合わせて変化して当然です。今回過去作品も観たことがあるキッズ達を連れて観ましたけど素直にすごく面白かったって言ってました。子どもの頭は柔軟で「世界観が壊れた」「キャラが崩壊」なんて思わないし変化への適応も早い。そして宝物をある日突然ごみ袋に突っ込む無慈悲な生き物、それが子どもです。
トイ・ストーリー4での一番の面白キャラは使い捨て先割れスプーンでできた「フォーキー」なわけだけど
フォーキーをつくるセットがむちゃくちゃ高いやんけ。
おもちゃは商品。世の中金じゃ。大人は汚い。現実を見ていこう。
とはいえ、夏休み明け、小学1年生の教室前で自由工作として作られた自作フォーキーが複数見られるかもと思うと、ちょっと楽しみ。市販の組み立てキット使ってる子がいたらもっと面白い。
こうして41歳は再びトイ・ストーリーに戻ってきました。全部個人の感想なのであしからず。