耳のないパンを焼く41の方法。

40代主婦がより良く生きるためのブログ。アフィリエイト広告を利用しています。

ボツ文章「お母さん、わかったよ」はこちらです。

某賞に応募した超ショートショートがかすりもしなかったようなのでここに置いておきます。もともと絵本向けに書いた文章。2000字ほど。すぐに読めます。

 

タイトル「お母さん、わかったよ」

「ねぇ、お母さん。どうして、ほかの子の使っているものを、とってはいけないの?」ひなちゃんは、お茶をのんでいるお母さんに聞きました。
「どうしてだと思う?」
と、お母さん。
「お母さんにおこられるから」
「お母さんにおこられるから、か」
お母さんは、ふふふと笑いました。

ひなちゃんは、台所に立っているお母さんに言いました。
「お母さん。どうして、ほかの子のものをとってはいけないか、わかったよ」
「わかったの」
と、お母さん。
「先生におこられるから」
「先生におこられたの?」
「あきちゃんの、赤のおり紙をだまって使ったら、『人のものをとってはいけません』って先生におこられたの」
「先生に、おこられたのか」

ひなちゃんは、テーブルで豆のすじを取っているお母さんに言いました。
「お母さん、どうして他の子のものをとってはいけないか、本当にわかったよ」
「わかったの」
と、お母さん。
「お外であそんでいたとき、たっくんのボールをとっちゃったの」
「とっちゃったの」
「きいろくて、やわらかくて、ぽんぽんはずむから、使いたくなっちゃったの」
「先生におこられた?」
ひなちゃんは、くびをよこにふりました。
「そのとき、先生はいなかった」
「だれかにおこられた?」
「だれにもおこられなかった。でもね……。たっくんが、泣いてしまったの」
「泣いてしまったの」
鼻がつんとして、顔があつくなって、おくからなにかがあふれ出てきます。
「とても、悲しそうに、ぽろぽろ、なみだを出して、いっぱい、泣いたの」
「悲しそうに、ぽろぽろ、いっぱい」
お母さんの声は、いつもよりゆっくりで、小さい。
「人のものを、だまってとってはいけないのは、悲しいから。ひなは、悲しい顔を見たくない」
「悲しい顔は、見たくないね」
お母さんは、くちびるのはしっこを上げて、ちょっとだけわらいました。ひなちゃんは、『どうしてわらうんだろう』と思いながら、あたたかいものでゆらゆらする目で、テーブルの上にふえていく豆のすじを見ていました。

アイロンをかけているお母さんに聞きました。
「ねえ、お母さん。どうして『ごめんなさい』って言わなくちゃいけないの?」
「どうしてだと思う?」
顔をのぞきこんでくるお母さんを、ひなちゃんは見られません。

タオルをもってきたお母さんに言いました。
「ねぇ、お母さん。たっくんに『ボールとってごめんね』って言ったよ」
「言ったの」
「『いいよ』って言ってくれた」
ひなちゃんは、また笑われるんじゃないかと思って、うつむきました。雨にぬれたくつした。
「でもね、なんだか足りないの」
「足りないの?」
お母さんは、笑いません。

ひなちゃんは台所にかけこんで、お母さんのエプロンのすそをひっぱりました。
「お母さん、今日ね、たっくんに『ボールをかして』と言ったよ」
「悲しい顔は、見たくないものね」
「そしたら、たっくんが『いっしょにあそぼう』って、言ってくれたの」
「へぇ!」
お母さんの声が、ボールみたいにはずみます。
「だからね、ひなは『ありがとう』って言ったの」
ひなちゃんの声も、ぽん、とはずみます。
「『ありがとう』って!すごい!」
目をまん丸にしたお母さんに、ひなちゃんは言いました。
「ねぇ、お母さん。どうして、人のものをとってはいけないか、本当にわかったよ」
「ひなちゃんは、すごいねぇ」
「明日、あきちゃんに『いっしょにおり紙であそぼう』って、言うんだ」
「いっしょに、あそぶんだ」
「そう」
今日のひなちゃんは、明るく笑うお母さんを、まっすぐに見られます。
「おともだちに、なるの!」

ひなちゃんのかおは、ふくふく、ぽかぽか、おひさまみたい。

 

著作権について

プライバシーポリシー - 耳のないパンを焼く41の方法。

から一部抜粋

ーーー

当ブログのコンテンツ(記事・画像・その他プログラム)について、許可なく転載することを禁じます。引用の際は、当ブログへのリンクを掲載するとともに、転載であることを明記してください。

ーーー