レビュー・シャドウサイド#20 【監修】横山信弘【著】沙絵「絶対達成する人になる方法」。

どうも。書籍レビューです。横山信弘監修・沙絵著「絶対達成する人になる方法 わたし今日からキラキラOLやめてギラギラします!」。cakeで小説投稿をしていた沙絵氏と、ビジネスコンサルタント(かな?)・経営コラムニスト横山氏がタッグを組んだ小説風ビジネス書。ビジネス・啓蒙系で、ストーリー性を持たせた本は少なくないけど、これは読みやすいです。そして物語としてはビジネスの理想を描いたラノベ。途中他ごとを挟んで2時間もあれば読める。

ビジネス書としては営業リーダー向けなんだろうけど、主婦でも「やっぱそうすか」と共感できたり「なーる」と思ったりするところがいくつもあった。横山氏はどうもNLP系の人らしく、そういうエッセンスも多分に含んでいる。よい復習にも予習にもなったですありがとう。これを読む前日にひろゆき「1%の努力」を読んだ。両方に同じようなことが書いてあった。まずはこちらの文を引用。

結局のところ、すべては「後づけ」なのです。成功者の語る輝かしい軌跡は、いってしまえば後づけの美談、作り話にすぎないのです。 

ひろゆき氏の方も引用。

いろいろなところに手を広げ、勘所を探り、うまくいきそうなものだけに集中する。そして、うまくいったら、それが「努力だったのだ」と後付けされる。それが真理だ。

両者間に違いはあれど、世間で乱用される「成功」「努力」あるいは「好きだからがんばれる☆」が実に曖昧模糊とした概念、幻想であるって考えは共通している。

例えばA大学を受験したふたりの生徒がいる。ひとりは1日1時間の勉強で合格して、もうひとりは1日4時間勉強して合格したとする。勉強時間は全く違う。でも到達したゴールは同じ。この場合どっちが「努力した」と言えるのだろう。少なくとも不合格であったら両方「努力が足りなかった」で片付けられる可能性はあるよね。どれだけの時間勉強して、どの先生の授業を受けて、どのテキストを正答率何%でやり終えたら「努力」になるのかなんて、誰にも測れない。で、結局は合格という結果をもってしか「努力が実を結んだね」とは言えないわけだなーる。

子どもに対する声掛けとしても「合格のためには努力」より、「合格のためには勉強」のほうが妥当な気がする。「勉強だって漠然としてる」と主張するのは間違ってる。具体的にどうするか考えられない人は「キラキラ」から抜け出せない。「ギラギラ」する必要もないような気がするけど。

ともかくみなさん、「努力」は要りません。やったね☆

本当は横山氏のウェブセミナーみたいのをオススメしてもらったのです。営業の話だけど、日常生活にも役立つと思う、と。ゴリゴリビジネスのセミナーに足を踏み入れる勇気が出なくて、取り急ぎ本を読んだ次第です。努力の話以外にも使えることがたくさん書いてあるので、仕事云々関係なく読んでみるといいんじゃないかなと思います。そういう意味で、2時間で読めるってすごくよいです。

 

わたし今日からキラキラOLやめてギラギラします! 絶対達成する人になる方法