ほら誰の人生にも村上春樹ワールドに足を突っ込む時期ってあるじゃないですか。先日とあるご家族とお酒と食事をご一緒させていただきました。そこで話題は酒類になり若かりし頃はウィスキーをロックで何杯もよく飲めたよねなんて話をしたわけです。シングルモルトですね。やっぱりグレンフィディック。バカ高いの飲んだことありますよ。値段の分おいしいんですか。忘れましたガハハ。わたし達の前にはビールやチューハイの缶、ワインや日本酒をなみなみ注いだプラカップ、枝豆とテイクアウトの寿司と手羽元と乾き物が並んでいる。そのシーンの中にいてわたしは大人になったんだなと思った。「僕たちはあのままバーカウンターに留まることだってできたはずた。」でも今の自分がそれだと現行の生活はなりたたないし、配偶者に夜な夜なバーでシングルモルトを飲みながらとびきりキュートな女の子とセックスレスに慣れた人妻に想いを馳せられては困る。子どもの面倒もみてもらいたいし作ったごはんは食べて欲しいし明日の仕事に響いてはダメだし教育費は青天井だし地に足をつけてください。男にとってあるいは女にとっても結婚して子どもを育てるということは形而上の持ち物を手放していくことに他ならない。それは森の小道にヘンゼルがポケットの石を置いていく行為に似ている。バーで飲むお酒、恋人と行くホテルのレストラン。あるいは形而下におけるブランド服、デパコス。帰路につこうと振り返ると石はまるで違うものに変わっている。会社の飲み会でとりあえず生中、ガスト、ユニクロ、キャンメイク。僕にはそれらが宝石に見える。拾って戻れば味噌汁の匂いがただようわが家にたどり着く。それを不幸だと感じ独身を貫く人間もいるだろう。もし振り返った時に石が見つけられないとしたら彼らが置いてきたのが小石ではなくパンのかけらだっただけの話だ。どのみちヘンゼルとグレーテルは魔女の家でたくさんの宝石を手に入れるのだから。実のところどっちをとっても我々は幸せだったりする。わたしは前者を選びました。気づいたら村上ワールドは遠い異国になっていた。さよならグレンフィディックさよならマッカラン。何書いてるのかわからなくなってきた。
